2013年4月24日水曜日

夜の冷たい海のむこうに

駅をこしらえるのと同じことよ。もしそれが仮にも大事な意味や目的を持つものごとであるなら、ちょっとした過ちで全然駄目になったり、そっくり宙に消えたりすることはない。たとえ完全なものではなくても、駅はまず作られなくてはならない。そうでしょう?駅がなければ、電車はそこに停まれないんだから。そして大事な人を迎えることもできないんだから。もしそこに何か不具合が見つかれば、必要に応じてあとで手直ししていけばいいのよ。まず駅をこしらえなさい。彼女のための特別な駅を。用事がなくても電車が思わず停まりたくなるような駅を。そういう駅を頭に想い浮かべ、そこに具体的な色と形を与えるのよ。そして君の名前を釘で土台に刻み、命を吹き込むの。君にはそれだけの力が具わっている。だって夜の冷たい海を一人で泳ぎ切れたんだから。

村上春樹 「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」より





熱烈な村上春樹ファン
…というわけではないけれど


もう少し
ブームがおさまったら

手に入れて
読んでみたいなあ

…と思っていた本。



思いかげず
Gさんが貸してくれました。


Gさん、いつもありがとう .*:・'゜☆。.:*:・







ときどき、
本に呼ばれることがある。




たとえば
本やさんで。

図書館で。

誰かに手渡されるというかたちで。




たとえ
題名も内容も知らなくても
作者が誰だかわからなくても


まるで
催眠術にかかったみたいに


その本を手に取らずにいられなくなることがある。





そこには

ときには
本の内容とさえ関係なく


自分のなかで
言葉にできず

蠢いていたことに対する


答えのような
イメージが
キーワードが

光るようにあざやかに
示されていて


思わず
鳥肌がたってしまう。

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